西野亮廣が差し入れビジネスについて

この記事は1年前の西野亮廣エンタメ研究所の記事です。
2019年5月6日

おはようございます。

本編の記事よりも、オープニングの小ネタ挨拶を考えることに時間を割いているキングコング西野です。

さて。

今日は少し真面目な「マーケティング」のお話です。

突然ですが、僕の『奪われたくないもの』のツートップは「時間」と「手」です。

僕には、考える時間が必要ですし、触りたい時に触れる手が必要です。

これらの理由から、食事には興味がありません。

摂取したカロリーを消化することに時間を奪われてしまうからです。

なので、無理矢理食べさせられることや、居酒屋等で目の前のお皿に料理をよそわれることを極端に嫌います(あの親切は不要です)。

ご飯は、生きていくのに必要最小限で結構です。

そして、手が塞がってしまうことを極端に嫌います。

道端に見つけた『花』の構造を知りたくなった時に、花弁を裏返したりナンダカンダしたいのですが、その時に手荷物があると、とても面倒です。

そもそも飲食物に興味がないし、手が塞がってしまうことを極端に嫌っているので、一切の「差し入れ」をお断りしているのですが、どれだけアナウンスしても、差し入れが無くなりません。

好感度の類を一切放棄して、「差し入れは迷惑なので要りません」と言い切っている僕ですら、この調子で「差し入れ」を押し付けられてしまうのですから、きっと皆さんは、もっともっと「要らない差し入れ」を押し付けられていると思います。

そこで最近、気づいたことがあります。

人は、自分のモノは要らないのに、他人にモノをあげたがる。

「手が塞がってスマホがイジれなくなるから」

「部屋が散らかるから」

の理由で、多くの人は自分のモノを持ちたがらないのに、ところがどっこい、他人にはモノをあげたがります。

「迷惑行為の被害者なのに、迷惑行為の加害者になろうとする」という不思議です。

人がプレゼント(という名の場合によっては迷惑行為)をする理由について考えてみたのですが、結論、「人は自分の身を守る為にプレゼントをする」というところに辿り着きました。

「手土産の一つでも用意しないと、失礼なヤツだと思われるかも…」というアレです。

モノが不足していた時代は手土産は喜ばれたでしょうし、「手土産の一つもないのかよ」は、あったかもしれません。

ですが、現代はモノで溢れ、モノの価値が下がり、時間の価値が上がってしまいました。

にも関わらず、「手土産の一つでも用意しないと、失礼なヤツだと思われるかも…」の名残は消えず、しばらく消える気配もありません。

プレゼントは「保身アイテム」として定着してしまったんですね。

となってくると…

絵本を販売する時に、『自分が読む用』として販売するのと、『他人にプレゼントする用』として販売するのとでは、どっちの方がたくさん売れるでしょうか?

実は今、『チックタック光る絵本と光る満願寺展』の物販ブースで、絵本BOX(4冊入り・1万円)を販売しているのですが、これが本当によく売れるんです。

すでに僕の全作品を持っている方も、この絵本BOXを買われていたので、理由を聞いてみると、「甥っ子が小学校に入学したので、お祝いに」と。

やっぱり!

おそらく、絵本の物販ブースのどこかに「子供のお祝いに」と一言入れるだけで、絵本の売れ行きは大きく変わると思います。

絵本がメチャクチャいいのは、「プレゼントっぽい形」をしている点で、ビジネス書では、こうはいきません。

「自分が読む用」だと一冊しか買いませんが、「他人にプレゼントする用」だと複数冊買うこともあると思うので、『プレゼント(保身アイテム)としての絵本』の可能性は、かなりありそうです。

現場からは以上でーす。

【追伸】

今日は16時半頃から最後まで個展会場にいます(*^^*)

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