「差し入れ」の難易度

この記事は1年前の西野亮廣エンタメ研究所の記事です。
2019年8月7日

おはようございます。

地元の素行の悪い同級生が揃いも揃って大工さんになってくれたので、『えんとつ町のブペル美術館』を作る時にメチャクチャ助かっているキングコング西野です。

さて。

美容室のNORAさんと眼鏡のOWNDAYSさんと一緒に、フィリピンにある東洋最大のスラム街(トンド地区)に来ております。

NORAさんはスラム街の子供たちのヘアカットをして、

OWNDAYSさんはスラム街の皆さんに眼鏡をプレゼントして、

西野は相変わらずスラム街の子供達に絵本を配っています。

こんまりサンの大ブレイク(片付けの魔法)の理由はいくつかあると思うのですが、そのうちの一つに「モノが溢れている時代だから」は確実に考えられるんじゃねーの?

ものすごーく当たり前の話ですが、モノが不足している時代は「上手にモノを増やすこと」に価値があって、モノであふれた時代は「上手にモノを減らすこと」に価値が出てくるわけですね。

(※「差し入れ」の難易度が年々上がっている理由はこれだと思います)

日本はモノで溢れていますから、日本人はもう「上手にモノを増やすこと」に価値を見出だしにくくなっていて、たとえばプレゼントひとつ貰う時も、手放しでは喜べなくて、「こんな感じで喜んだら、(プレゼントしてくれた相手が)喜んでくれるかな?」という配慮が少し入ってきてしまいます。

一方、東洋最大のスラム街はまだまだモノが不足していて、エンタメが不足していて、そこで絵本を配ると、(もう本当に!)手放しで喜んでもらえるんです。

これがドーピング的(反則技)であることは百も承知なのですが、作り手として、「自分は、ここまで喜んでもらえるものを作っているんだ」という経験は他ではなかなか味わえません。

僕らの活動は「作品が溢れている時代に作品を生む」という矛盾を常にはらんでいて、こんまりサンから学ぶなら、「上手に作品を増やすこと」よりも、「上手に作品を減らすこと」の方が価値があるのかもしれまけん。

『キュレーションサイト』なんて、まさに。

ところが、時代の流れに反して、やっぱり僕は作品を生みたいので、こうして2ヶ月に一度はここを訪れて、自分の作品を心から求めてくれる人を見て、栄養をいただいております。

「支援」とは名ばかりで、スラム街の子供達に気持ちの面で救われて、今日も次回作を作らせてもらっています。

サロンメンバーの方から「なんで、そんなにスラム街に行くの?」と、時々訊かれるので、正直な気持ち(弱音?)をお話しさせていただきました(*^^*)

引き続き頑張って、エンタメで世界を獲ります。

今からOWNDAYSさんの眼鏡を配りに行くので(子供達を待たせているので)、今日はこの辺で。

現場からは以上でーす。

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